株式会社 星庵

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Seian Gallery

厳選された工芸作品のご紹介

日本全国から厳選した、作者の気持が表現された巨匠の最上の出来栄えの特別作品をご紹介致します。

新入荷作品

河井寛次郎作 黒釉菱花文筒描彩釉扁壺

東京高等工業学校(現東京工業大学窯業科へ入学する。寛次郎には師と仰ぐ者がなく、師弟関係を重んじる陶工の世界にあって、学校という教育機関にて指導を受けた新しい世代の陶工となる。東京高等工業学校では、陶芸家の板谷波山の指導を受けたほか、窯業の科学的研究を行った。1914年、東京高等工業学校卒業後は、京都市陶磁器試験場[4]に入所し、東京高等工業学校の後輩でもある濱田庄司とともに1万種以上の釉薬の研究や、中国陶磁など過去の陶磁の模倣や研究も行った。1920年、五代清水六兵衛の技術的顧問を務めていた縁で京都・五条坂にあった彼の窯を譲り受け、「鐘渓窯」と名づけ自らの作品制作を開始する。

北大路魯山人作 瀬戸舟形向付

   大正14年(42歳)に東京で「星岡茶寮」を開設し、仕入れ、調理などに卓越した技量を発揮して、美食家としてもその名を世間に知らしめた。昭和2年(44歳)に星岡茶寮で用いるため、北鎌倉に「星岡窯を築き本格的に作陶を始め、多数の優れた作品を残した。   魯山人は、書、篆刻、陶芸、料理など幅広い分野で人並み外れた優れた業績を残し、昭和30年(72歳)に重要無形文化財(人間国宝)の認定を打診されたが、固辞した。美の追求に一生涯を掛けた偉大な巨人であったが、世間の名声にはまったく無頓着であった

人間国宝 荒川豊蔵作 志野茶碗

人間国宝 荒川豊蔵作 志野茶碗

人間国宝 荒川豊蔵

人間国宝、荒川豊蔵(明治27年~昭和60年/1894~1985)は、昭和を代表する陶芸家のひとりです。
岐阜県多治見出身の豊蔵は、京都宮永東山窯の工場長を経て、昭和5年(1930)、現在の可児市久々利大萱で、志野の筍絵筒茶碗の陶片を発見したことから、志野、黄瀬戸、瀬戸黒といった桃山時代のやきものが美濃(岐阜)産であることを実証し、以後、大萱に窯を築いて桃山の志野復興に生涯を費やします。昭和30年(1955)には国の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、また昭和46年(1971)には文化勲章を受章しました。

細川護煕 展覧会図録掲載作品

細川護煕 展覧会図録掲載作品

細川護煕作 絵志野茶碗図録掲載      人間国宝 鈴木蔵窯にて焼成

細川家は鎌倉時代から続く武家で、細川護熙は肥後細川家の第18代当主である。31歳で衆議院議員となり、第79代内閣総理大臣を務めるなど政界で活躍したが、60歳を機に政界を退く。その後、神奈川県湯河原町の自宅を「不東庵」と名づけ、陶芸家として閑居暮らしを始めて15年目となる。「晴耕雨読」の暮らしの中で、墨、土、紙といった素材と対話しながら、こころの赴くまま美に向かい合う日々を送っている。

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